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東京高等裁判所 昭和50年(行コ)68号 判決

控訴人

栃木県知事

船田譲

右指定代理人

鎌田泰輝

外一三名

被控訴人

赤羽根友吉

外一八名

右一九名訴訟代理人

大塚覚郎

佐藤秀夫

被控訴人

半田イチ

外五名

主文

原判決を取消す。

被控訴人らの訴を却下する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。

事実〈省略〉

理由

一控訴人提出に係る受継申立書添附の戸籍の謄本によれば、一審原告半田仁太郎が昭和四八年六月二二日死亡し被控訴人半田イチ、同渡辺安子、同半田尚、同梁竹子、同半田福、同新村孝が相続により右仁太郎の法律上の地位を承継したことが認められる。

二被控訴人らの本件訴えは次のように、その訴訟要件を欠く不適法な訴えであるからこれが却下を免がれない。

(1)  都市計画法八条一項の規定による用途地域の指定は取消訴訟の対象となる行政処分ではない。

一般に行政処分に対する抗告訴訟において対象となり得る処分は、これにより直ちに私人に対し特定且つ具体的権利の侵害ないし制約を生ぜしめるものでなければならないところ、都市計画としてなす用途地域の決定は特定の個人に対してなされる処分ではなく、ある一定の範囲内の地域をある種の用途地域に定めるに過ぎないものであり、なる程都道府県知事が都市計画として用途地域を定める決定をし、その旨を告示すれば、その都市計画はその公示の日から効力を生じ(都市計画法二〇条)都市計画法以外の他の法律の規定すなわち建築基準法四八条、五二条、五三条等の規定と相俟つとはいえこれにより特定の種類の建築物の建築が禁止され、容積率、建ぺい率等につき建築制限を受けるに至るのであるから、その地域内に存在する土地建物に関して権利を有する者は、建築物の新築増築等について法律上の制限を課せられることになるには相違ないけれども、かゝる制限はこれにより直接その地域内の土地建物の所有者等に具体的な権利変動を及ぼすものとは解し得ない。なぜならば用途地域の決定は直接特定の個人に向けられた具体的な処分ではなくまた施行区域内の土地建物の所有者等の有する権利に直ちに具体的な変動を及ぼすものではないからである。これ等の者の権利救済としてはこれ等の者が所轄行政庁に対しその地域内で具体的に建物の建築または増築の申請をした場合においてそれが拒否処分を受けたときにはじめて具体的な権利の侵害ありとしてその拒否処分の効力を争うことができるものとすれば足り用途地域決定の段階では未だ訴訟事件としてとりあげるに足りるだけの事件の成熟性を欠くものとしなければならない。また、本件指定処分によつて本件地域が住居地域から準工業地域に指定替えとなり、その結果建築物の新築、増築の制限が緩和されることとなるとしても、これが緩和は都市計画法に基づいて当然に生ずるものではないことは前示説示のとおりであつて、これが緩和ないしはこれに基づく権利侵害は同法以外の法律に基づくもので、本件指定処分がなされたからといつて、このことから直ちに具体的に権利侵害の生ずる余地はなく、したがつて本件指定処分のなされた段階においてこれまたいまだ訴訟事件としてとりあげるに足るだけの事件の成熟性を欠くものといわざるをえない。よつて、都市計画法八条一項による本件用途地域決定の一環としてなされた本件準工業地域指定処分については抗告訴訟の対象とはならないものというべきである。

(2)  被控訴人らの本件訴えはその訴えの利益がない。

本件地域が従前住居地域に指定されていたことは当事者間に争いがないところ、被控訴人らは本件準工業地域の指定は違法であり本件地域は依然住居地域として指定されるべき地域であると主張するものであるが、建築基準法四八条、五二条ないし五六条の規定によれば、準工業地域における制限と住居地域における制限とを比較すれば、建築物の用途制限、容積率、建ぺい率、前面道路斜線制限、隣地斜線制限のいずれの点においても、その制限は、同等かもしくは住居地域の制限の方が厳しいのであるから、被控訴人らが、本件において、本件指定により私権が制限されること自体について抗争をするものではなく、むしろ逆に規制がゆるやかになる結果住宅環境が破壊される点に訴の利益のあることを主張していることは明らかである。

そこで、そのような訴の利益が認められるかどうかについて検討すると、先ず昨今論ぜられることの多い「環境権」であるが、憲法二五条、一三条を根拠にかかる権利を直接構成することは無理であり、他に環境権なるものを認めるべき実定法上の根拠はなく、その内容の莫然としていること、それを享有し得べき者の範囲の限定し難いこと等に照らし、我が実定法上「環境権」なるものをそれが法的権利性を有するものとして承認することは困難である。そこで結局問題は、本件地域の用途が従前住居地域と指定されていたことにより地域内もしくは附近の住民が環境的利益を享受していたとしても、それが法的に保障されていたものと言えるかどうかという点に帰着するが、そもそも都市計画は、将来の都市のあり方の理想像に基づいて、都市の骨格を形成するところの都市施設の配置、都市内の各部分の土地の利用のあり方等について定めるいわゆる総合的な街づくりの計画であつて、その総体は高度に合目的的な行政的技術的裁量によつて成り立つものであり、その計画実現の一環である用途地域の指定は、合理的な土地利用のために地域内の建築等の制限をするものであつて、それによつてとくに特定人に特定の権利を与え、あるいは特別に一定の義務を免除するというものではなく、むしろ適切な用途地域の指定の結果それによつて一定の住民が利益を感じることがあるとしても、それは地域内の土地の利用につき私権の行使を一定の範囲に制限したことの結果であつて、いわばその犠牲のうえに成り立つた反射的利益を享受するにすぎないと言わなければならない。したがつて、前途の行政主体の裁量により用途地域が新たに指定されたりまたは指定替され、それが本件のように地域内の土地利用に関する従来の制限を緩和するものである場合、必然的に当該土地利用に関する私法的活動分野が広まることとなりそのことを歓迎する者もある一方、反面それについて不快を感ずる者も居るわけであつて、その新たな私法的活動により或住民がその受忍限度を超えてその所有権・人格権等実定法上の権利を侵害されるに至れば、そこで初めて司法的救済を求めれば足りることであると言うことができる。したがつて、本件指定処分によつて具体的に被控訴人らにつき権利侵害がいまだ発生していないのであるから、このような段階で本件指定処分の取消しを求めることはその訴えの利益を欠くものというべきである。

三右によると、被控訴人らの本件訴えはその訴訟要件を欠く不適法な訴えであるというべきところ、この点につき訴訟要件を充足するものとして被控訴人らの本訴請求原因につき実体的審理をすすめ被控訴人らの本訴請求を認容した原判決は、不当であるからこれが取消しを免がれず、本件控訴は理由がある。

よつて、民事訴訟法三八六条の規定に基づき原判決を取り消し、被控訴人らの本件訴えを却下し、訴訟費用の負担につき同法三七八条九六条八九条の規定を適用して主文のとおり判決する。

(菅野啓蔵 舘忠彦 安井章)

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